教員・研究紹介
教授:渡邉 雅子
WATANABE, Masako Ema
(米国 コロンビア大学大学院) Ph.D.(社会学)
人は異なる文化環境、特に教育という文化環境の中でいかに社会化されるかという課題に取り組んでいます。個人の認知から制度、その背後にある文化・社会の多様なレベルを一貫性のあるひとつのシステムとして捉え、複数の国の教育を綿密に描きつつ、異なる社会の在り方をモデル化することに注力してきました。
具体的には日本とアメリカにフランスとイランを加えた4カ国の思考表現スタイル比較を行い、また能力観の違いがいかに教育に反映されるかを4カ国の大学入試比較から分析しています。英米圏以外の国を比較の対象に加えることにより、日本の教育と社会の新たな選択肢を探りたいと考えています。
キーワード:思考表現スタイル、文化とコミュニケーション、知識社会学とカリキュラム、国語と歴史教育の国際比較、大学入試、エリート教育と文化資本比較。
主要著作
- 渡邉雅子, 2023, 『論理的思考の文化的基盤—4つの思考表現スタイル』岩波書店.
- 渡邉雅子, 2021, 『論理的思考の社会的構築—フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』岩波書店.
- 『納得の構造—日米初等教育における思考表現のスタイル』(東洋館出版社, 2004年)(ペルシャ語への翻訳出版改訂版:Watanabe, Masako Ema. 2022. Writing for Living. Translated by Rezaei Alireza. Tehran: Nashr-e Ney.)
- 『叙述のスタイルと歴史教育—教授法と教科書の国際比較』(編著)(三元社, 2002年)
- 「日米仏の国語教育を読み解く−読み書きの歴史社会学的考察」(『日本研究』35:573-619, 角川書店, 2007年)
- 「国際バカロレアにみるグローバル時代の教育内容と社会化」『教育学研究』81(2):176-186,2014.
- “Typology of Abilities Tested in University Entrance Examinations: Comparisons of the United States, Japan, Iran, and France.” Comparative Sociology 14:79-101, 2015(=Onaka Fumiya ed., Comparative Sociology of Examinations. New York: Routledge, pp.71-97に再録)
専門領域について
どのようなきっかけでこの学問を始めたのですか?
社会学を志すようになったのはハリエット・ズッカーマン教授の「教育社会学入門」をコロンビア大学で受けたことがきっかけとなりました。これまで教育と社会について常識と思っていた事が、毎回の授業で見事にひっくり返されました。常識や前提を疑う社会学の理論と方法、見えないはずの社会の構造をありありと描き出す目の覚めるような過去の研究に、雷に打たれるような衝撃を受けました。自分の研究テーマである目に見えない「思考法」を研究するには社会学が最も力を発揮すると考えました。
思考法の比較に興味を持ったきっかけは、アメリカの大学で最初に提出したエッセイが「評価不可能(ungradable)」とされたことです。TOEFULなど英語の試験で合格しても、アメリカの論文の構造を知らないと、何を言っているのか理解してもらえずとても苦労しました。いくら説明しても「説明せよ」のコメントが繰り返されるばかりでした。ところが論文構造を理解した途端に三段跳びの勢いで点数が上がってA評価が取れるようになり、同じ材料を使ってもその並べ方の順番が変わるだけで、重要な情報や論点、ロジックが変わる不思議を体験しました。書き方の「スタイルの違い」が、「能力の差」に転化するからくりも身をもって体験しました。またアメリカで様々なレベルや種類の学校観察を行ううち、作文法と歴史の授業、つまり書く・語るというコミュニケーションの基本型が日本とアメリカのみならずアメリカの学校間でも大きな違いがあることに驚きました。それが思考表現法(Styles of Reasoning)の比較研究を始めるきっかけになり、それ以来30年あまりずっとこのテーマに取り組んでいます。
現在の研究について
現在の主要な研究の内容を教えてください。
思考とその表現法がどのように学校で教えられ、子ども達を社会の一員となるべく準備させているのかを、日米に加え、2000年からはフランスを2014年からイランを調査対象にして4カ国比較を行っています。なぜこの4カ国なのかは、この4カ国の特徴的な違いが思考法のモデル(類型)化を可能にするからです。思考法は無限にあるように思われがちですが、その前提になる指標を特定することにより基本類型を示すことが可能だと考えています。思考表現法から派生して、大学入試で測られる能力観の比較と類型化、歴史と国語教育の国際比較、論文構造とロジックの国際比較、個性と創造力の国際比較、文化資本とエリート像の国際比較を行っています。日米比較を行っていた時には、フランスとイランを加える事など夢のまた夢でした。ご縁をつないでくれた研究所と大学の同僚に心から感謝しています。フランス語は40歳から猛勉強しましたが、ペルシャ語は比較のモデルが完成してまだ命があったら是非にと思っています。
今までの研究で一番心に残っている出来事、ハプニングを教えてください。
4カ国で長年調査を行っていると、ハプニングは数えきれないほどありますが、一番心に残っているのは、やはり博士論文です。指導教員に、「自分は文化なんてものは信じない。そんなものがあるのなら、数字で証明してみせてくれ」と言われ、その方法を寝ても覚めても考え続けました。文化的な違いは日常の観察では認められても、統計で有意な差を出そうと思うととても難しいものです。そこで思考法の違いのエッセンスを抽出できるような作文実験を考案しました。実際に学校で調査させてもらって結果を出すのに倫理審査を含めて2年間以上かかりました。自分はフィールド調査や歴史研究など質的な研究の方が性に合っていますが、何らかの形で数字でその結果をバックアップしたり、複数の方法を組み合わせて対象に迫る態度はこの時にすりこまれたと思います。いずれにしても、この体験はその後様々な困難に遭った時に常にそこに立ち戻って勇気を奮い立たせる原点となっています。
学生へのメッセージ
求められる学生像を教えて下さい、またその他なんでも結構です。
学部生の皆さんには、2年間の教養の授業を思い切り楽しんで欲しいと思います。自分が何に興味があり、何を楽しいと思うのか、それを見つけるには専門外のいろいろな学問の在り方に触れるのが一番です。またそれが専門の勉強を始めた時に、研究に奥行きと深さ、何よりその人にしか出来ないアプローチやテーマを与えます。個性や創造力は既存のものの新たな組み合わせから生まれます。どれだけ既存のものを溜め込めるかで新しいものを産み出す可能性が広がります。大学院では、テーマがほとんどすべてを決めますので、博士論文やその後を見込んで長く研究できるテーマを見つけてください。そして試行錯誤を繰り返して工夫してください。遠回りのように見えてそれが将来の道をつけることになると思います。