論文提出者の声 – 清水 渓介
臨床系/博士
現所属:常葉大学教育学部 助教
「博士論文を書き終えて」
2025年3月、名古屋大学より博士(心理学)の学位を授与され、大学院生活の区切りを迎えることができました。博士後期課程への進学から4年、そして名古屋大学ライフが始まった博士前期課程入学からは6年の月日が経ちました。
博士論文を書き終えた率直な感想は、「博士号を取得できてほっとした」という安堵感と、「もう一度書きたくはない」という思いと、それでも「面白かった(interesting)」という思いが入り混じった気持ちです。博士論文の最終稿を事務に提出し、口述試験を終えた後は、長らく肩に乗っていた荷が下りただけに、嬉しさや安堵感はひとしおでした。博士論文の執筆は、一筋縄ではいきません。まず、執筆の要件として、査読論文が必要になります。また、査読論文が必要数揃っていればいいかというとそうでもなく、先行研究の綿密なレビューや、論文を構成する複数の研究、さらには博士論文全体を一つの論文としてまとめる作業も必要になってきます。そのためには、時間だけでなく、根気と体力にその他諸々も必要でした。ですから、また同じように博士論文を書けるかと言われると、「二度は書けないな・・・」と思いますし、執筆中に何度か挫けそうになるくらいには大変な作業でした。それでも、博士論文提出から少し経って考えると、博士論文を執筆した時間は刺激的で、挑戦的で、とても面白かったと思う気持ちが思いのほか大きいことにも気づきました。多くの先行研究や関連文献を読み、データを分析し、考えをまとめて書き、様々な人からフィードバックをもらい、それを受けてまた文献を読んでさらに書き・・・という繰り返しを、こんなにも時間をかけて、様々な人に支えられて、丁寧に行うことができる時間は、この先の人生では無いと思われます。そう考えると、大変だった博士論文執筆の時間も、人生におけるかけがえのない宝ものに思えてきます。私にとって、博士論文の執筆は、卒業研究から大学院生活の集大成として、自分が何をして、何を考えてきたのか、これからどのようなことを考えていく必要性があるのかを改めて問い直し、明確にしていく作業であったといえます。そのような作業を支えていただいた指導教員、先輩・同期・後輩といった周囲の方々には感謝の思いでいっぱいです。
続いて、博士論文を書く上で重要だと感じたことも記せればと思います。まず、博士論文の執筆では、「計画性」が重要です。博士論文は、書きたいと思ってすぐに書けるものではありません。先にも述べたように、査読論文が必要になってきます。そして、査読にはある程度の時間がかかりますし、思った通りに進むとは限りません。そのためにも、どのようなスケジュールで博士論文執筆を目指すのか、早い段階から指導教員と相談しておくことをお勧めします。この点に関して、個人的には、3年での学位取得を無理に目指す必要はないとも思います。私も4年かけて博士号を取得しました。2年や3年で博士論文を書き終えた先輩方は多くいらっしゃいます。私も、本音を言えば3年で書きたかった思いはあります。しかし、私自身が4年で書き終えた今は、(課程博士を目指す場合は6年という期限は存在しますが)自分に無理のないペースで執筆するほうが、論文の質としても、心身の健康的にもよいのではないかと思っています。また、博士号を取得して改めて思うのは、博士論文の執筆および学位取得は、人生におけるゴールではなく、マイルストーンの一つにすぎないということです。すなわち、博士号を取得した後に為すことも重要であり、博士論文執筆で心身の調子を崩してしまっては元も子もないということです。先にも述べたように、博士論文の執筆は大変な作業ですし、焦りや不全感等々・・・ストレスフルな出来事でもあります。締め切り間近等、瞬間的には無理をしなければならない時もあるかもしれませんが、息抜きもしながら自分に無理のないペースで書いていくことが大切だと思います。例えるならば、短距離走ではなく、マラソンのイメージに近いかもしれません。ペース配分をして、走り抜くことが求められるのではないかと感じています。
最後に、博士論文を執筆するうえで何よりも大切なことは、「周囲に頼ること」です。同期全員が同時期に取り組む卒業論文や修士論文と比較して、博士論文の執筆は、それぞれが取り組む時期やペースが異なるため、孤独を感じることも少なくありません。この孤独感は、思った以上に心身を蝕んできます。そのような中で、支えになったのは周囲からのサポートでした。データの分析や論理構成といった研究の相談から、誤字脱字チェック、息抜きの雑談や遊びに行くこと等、本当にたくさんの方々に支えていただきました。幸いにも、名古屋大学には臨床系と行動系それぞれに、先生方と院生の仲間がたくさんいて、心強いリソースにあふれた環境だといえます。時にはプライドが邪魔してうまく頼れないこともあるかもしれません。しかし、せっかく名古屋大学に在籍しているのですから、臆せず周囲に頼り、リソースをフルに活用できるといいのではないかと思います。